泣いてたまるか!
かつて「エース」と呼ばれた男が、一歩ずつ再起への階段を昇っている。まだロッテが弱かった時代、97年から5年連続2けた勝利を挙げ、“ジョニー”の名でファンから絶大な信頼を得ていた黒木知宏投手(33)だ。今季の年俸は全盛時(1億8000万円)の10分1以下となる1600万円。本格派から技巧派へとスタイルを変え、現在二軍で調整中のジョニーは逆襲を誓った。
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若手選手らの声が、響くロッテ浦和球場。33歳の黒木が、黙々と汗を流す。
「年が明けて、今年のテーマを考えたとき、楽しく1年間やり続けたいと思ったんです。そういう思いで肩の力を抜いたら、自然と良くなった。一番変わったのは、投げているときの顔です(笑)」
かつては150キロ近いスピードを誇ったが、01年から続く右肩などの故障で相手を圧倒する剛球は見られない。黒木は今年、復活への手がかりとなる新球に賭けた。
「これまでとはピッチングのスタイルを変更したつもりです。シンカーや今年から投げ始めたシュート。昔に戻ろうとしたって、昔の球を投げられないのは自分で分かっていますから」
昔の自分。パ・リーグを代表する投手だった。98年には13勝(9敗)をあげ、最多勝を獲得。14勝の99年オフには、年俸は1億8000万円まであがった。01年には開幕から負けなしの9連勝。しかし、同年7月27日のオリックス戦(GS神戸)終了後、右肩に違和感を覚えた。絶頂から一転。そこから、苦難の人生がスタートした。昨年までの3年間で登板数は15試合、勝ち星はたった3。昨オフ、解雇通告は覚悟していた。
「そう思われても仕方がないですよ。自分でも苦しい思いでここ何年かやってきました。ただ後ろがないがけっぷちの状態で、耐えるのは辛いんですよ。だったら少しでも前に進めばいい。一歩でも進めるのなら、それだけでいいんです。そういう考え方が、本当の意味での開き直りかもしれませんね」
結局、1600万円で契約を更改した。チームが黒木の復活を温かい目で待つのは、十分過ぎる実績があるからこそ。今でこそ優勝候補に挙げられるが、かつてのロッテは万年Bクラス。その弱小チームを支えていたのは、ジョニーだった。
「チームのためだって、自分の中で美化してやってたけど、結局は故障してチームには一番迷惑をかけてしまった。強気一辺倒ではなく、心の弱さもどこかで素直に出せていたら、けがもなかったのではと思ってます」
05年にはチームは31年ぶりに日本一になった。黒木はプレーオフ、日本シリーズとベンチに入ったが登板の機会は与えられなかった。
「正直に言えば、うらやましいという思いはありましたよ。でも自分が元気な時に一緒に戦ってきた園川コーチや小宮山さんが、泣きながら『おまえもようがんばったな』って言ってくれた時に、素直に喜んでいいんだと涙が出ました」
力の投球は捨てたが、現役へのこだわりは持ち続けている。周りの誰もがそれを望んでいることは伝わっている。だからこそ、あきらめるわけにはいかない。
「多分ファンの方には『黒木』っていう像があると思うんですよね。ひたむきに野球やって、気合が入って、ストイックでというような。でも今は、そのイメージを裏切るわけではないけど『黒木って本当に野球を楽しんでるんだなあ』と感じてほしいなと思っています。前にカミさん(裕子さん)に言われたんですよ。『辛かったかもしれなかったけど、いいじゃん。これより辛いこともまだいっぱいあると思うよ』って。きっとうちのカミさんが一番辛かったと思うんですけどね」
清水、小林宏、小野、久保とリーグ屈指の先発陣がそろい、黒木には出番がなかなかまわってこない。今季は一軍でスタートしたものの、3月30日には、渡辺俊と入れ替わりで二軍に降格を告げられた。それでも…。
「シーズンが終わった時に、自分で自分に『お前ようやったな』って言えるようになりたい、それだけですよ」。熱い思いを胸にジョニーは、復活の日を信じて投げ続ける。
(4月17日・サンケイスポーツhttp://www.sanspo.com/top/naite/naite_11.htmlより)
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