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魂は永遠に―ロッテを支えた黒木知宏

10月に訪れた突然の戦力外通告……

 2007年10月2日――。
 それは何の前触れもなくやってきた。千葉ロッテが「魂のエース」黒木知宏に戦力外通告……。その報を聞いて、耳を疑った。確かに度重なるケガでかつてのような150キロを超える剛速球は鳴りを潜めた。だが、この数年間悩まされてきた右肩の痛みもすっかり癒え、気迫で相手打者を圧倒する投球スタイルもまだまだ健在だった。イースタン・リーグで33試合に登板し、1勝2敗1セーブ、防御率4.11。1年間フルに働けることも証明している。「まだまだやれる」と考えたのは黒木本人だけではなかったはずだ。

 当然、黒木は現役続行を希望した。この1年で、手応えはしっかりつかんでいる。たとえ愛するチームを離れたとしても、ユニホームを着続けることにこだわった。彼にとっては苦渋の選択だったに違いない。ロッテファンも心のどこかで寂しさを感じつつも、黒木の気持ちを察しエールを送った。そこから黒木のあてもない電話をひたすら待つ日々が始まった。
「自分を必要としてくれる球団がきっとあるはず」
 魂の火はさらに燃え上がった。そして2カ月が経過した。ドラフトが終了し、各球団とも新入団選手発表の準備が着々と進んでいた。しかし、電話のベルは一向に鳴る気配がない。黒木の心に迷いが生じ始めた。
「こんな気持ちのまま(野球を)続けることができるのだろうか?」
 そこが彼の潮時だった……。

雄叫びを挙げて剛速球を放る姿に魅了されたファン

 ロッテが川崎から幕張に移転して17年。かつて「お荷物球団」と呼ばれたこのチームは、今やリーグ屈指の人気球団へと成長した。その転機となったのが1995年。黒木がプロの門をたたいた年だ。ボビー・バレンタインが新監督に就任した。メジャーリーグ仕込みの選手起用はまるで魔法のようで、ロッテは9年間続いたBクラスから脱出し、2位へ進出した。黒木は先発ローテーションに入り5勝。その後も8勝、12勝と年々勝ち星を増やし、着々とエースへとステップアップしていた。雄叫びを挙げて剛速球を放る姿はなんとも魅力的だった。
 そして迎えた1998年7月7日。チームにとって日本ワースト記録となる17連敗がかかったあの日。9回裏、黒木はあとアウト1つで同点弾を浴びマウンドにうずくまった。しかし、この日の出来事をバネに同年のパ・リーグ最多勝利と最高勝率のダブルタイトルを獲得。以降も西武・松坂大輔(現米大リーグ・レッドソックス)、オリックス・イチロー(現米大リーグ・マリナーズ)らと幾多の名勝負を繰り広げてファンを沸かせた。中でも2001年の開幕戦こそ、泥臭い黒木の真骨頂といえた。初回に3点を先制されながら、気迫を込めた投球で味方打線の援護を呼び起こし、難攻不落の松坂からチームは逆転勝ちを収めた。

 しかし、このとき彼の右肩はすでに悲鳴を挙げ始めていた。2001年後半戦から、2年9カ月の戦線離脱。長い長いリハビリ生活が始まった。復帰後もかつての剛球は戻らず肩の様子を見ながらの試運転状態が続く。生活の拠点もすっかり浦和球場に変わっていた。2005年、千葉ロッテ31年ぶりの日本一。そこに黒木の居場所はなかった。2006年、千葉ロッテのファームがイースタンリーグ2連覇。一軍のプレーオフ進出が絶望的となる中、能天気にはしゃぐ一部の若手選手の姿がなんだか腹立たしかった。
「あいつらはこれ(イースタンの優勝)で満足なのか?」
 チラリと横目をくれると苦虫をかみ潰したような表情をつくり、その場を通り過ぎた。

若手に受け継がれる黒木の這い上がる魂

 浦和球場で過ごす黒木は時に厳しく、時に優しい若手の良き兄貴分だった。雷を落とされる若手も少なくなかったが、そこには温かい愛情が含まれていた。降格を言い渡され落胆している者、長期のリハビリで気持ちが折れそうになっている者には積極的に声をかけて、自身の体験を通した適切なアドバイスを施した。こうした行動にどれだけの選手たちが救われたことか。彼らは事あるごとに「黒木さんがいたから…」と感謝の意を述べる。レフトフェンス奥の芝生エリアで黙々とダッシュを繰り返していた黒木。度重なる苦難にぶつかりながら、その度に這い上がっていく彼の魂は着実に若手へ受け継がれている。

 そして2008年3月15日。
「黒木知宏」の名が幕張の空に響き渡るのもこの日が最後となるだろう。黒木の良き先輩として、コーチとして彼の13年間をずっと見守ってきた千葉ロッテヘッドコーチ・西村徳文はこう話す。
「同じ宮崎出身ということもあって寂しい気持ちはあります。故障さえなければまだまだやっていけたはずなんですけどね。ただ、あれだけファンの人に愛される選手もいないと思います。3月15日で一区切り付けるわけですけど、今はただ『お疲れ様』って言うその言葉だけ送りたいですね」

 小野正一、木樽正明、成田文雄、村田兆治、仁科時成……。
 唯一無二のカリスマエース。オリオンズ時代も含めれば記録で彼に勝るエースはたくさんいるが、記憶という点で言えば黒木は前述の投手たちに決して劣らない。今後、幕張のマウンドに彼の姿はなくとも、黒木知宏が歩んだ13年を僕らは忘れない――。

<了>

(3/14スポーツナビ)

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